ヒッキーというものに対して

最近、ご近所さんの噂話を母伝に聞きますが、ヒッキーが多いのだそうです。
自分もヒッキーですが、精神系でしたし、悩みを聞いてあげたいとは、というより、話を聞いてあげたいとは思っても、本人の問題なんですよね。
因みに60から上は、登校拒否というイメージが強いと思います。
当時、登校拒否という言葉が流行り始めた時は、怠け者、勉強する気がないという世間の情報が、定まっていました。
高卒認定もない時代で、そういう子の精神力を鍛えるなんて学校もありました。
いい悪いというより、社会的な環境がそうなっていくのだとは、前から思っています。
今は認知されてきたので、引きこもっているからといって、そんなに差別的な目では見られないと思います。

公に認められてくると、取り合えず、どういうものかって良心ある人は調べて、自分と周りの判断で接しますね。
それはいいんですけど、本人からしたら、結局は、人が何を言っても変わらない、今の世の中が冷たい、という風になってしまうのだと思います。

テレビでも、まだ12歳くらいの子が自殺したりしますね。
実は、昔から違っても子供の問題点と大人が指摘する現象は、普通にあったのだと思います。
ただ、中一くらいで死ぬんじゃ可哀想過ぎると素直に思いますよ。生きていて楽しい事なんて結構あるものです。

夏休み最後の日あたりから出てくるニュース

学校の二学期が始まるあたりに自殺者が増えていると言うニュースを見ました。

若い子がどんどん減っていくというのは耐え難い問題です。もしも自分の子だったらと考えることもあります。残された親の後悔は生きている間背負うものとなります。「あのとき」のことは帰らない時間でありやり直すことも出来ない。

その子はその子なり自殺するほど悩みぬいて、でも伝える術がない。こんな辛い事はないと思います。

またいじめる側の子達はこの頃昔のいじめと違って質が違うのです。すぐにわかることはないという手をつかっていじめの対象を見つけるといじめていきます。追い込んで楽しんでいるのです。

そういう子はそれなりに私から見ればまたかわいそうな子なのですが、いじめられている子は顔を上げて前を向くことすらできないのです。行き場を失った人間はどうでしょう、どんな思いか考えたことはありますか。

この頃学校側も親には何も言えず流れに任せ生徒を守るのではなく自分を守るために生きています。そのようにしか私の目には映らないので
す。
世間体を気にして一人一人の生徒がどんな思いをしているか、何もいえないでホッとする休みは容赦なく過ぎていき、またいじめたるものがは
じまるのです。

昭和を生きた私には考えられない時代になってきていると言うのは現実です。

毎日の生活の中で、農作業で感じたこと

夫の金銭トラブルがあってから、これをきっかけに気持ちが切り替わればと思い、市の貸し農園と一年契約を結んだのが、5ヶ月前のこと。

教わるままに畑を耕し、作物を植え、それなりに実がなって収穫を楽しめたのが6月頃だったと思います。猛暑は暑さに耐えきれなくて、放置ぎみだった農園でしたが、時間をかけて育った苗は、水やりをしなかった日も、あの暑さにも負けず、大きく育ってくれました。

農作業で一番大変だったのが、草引きです。少しサボると、気がついたら雑草だらけ!それを一つずつ抜いていきます。農園体験一年目の私にはそれが大変な作業でした。ずっと草引きしていると、腰が痛くなるから、休み休みの作業でした。

金銭トラブルが発覚したとき、もう、本当に絶望しました。でも時間が経って、やっと家庭の雰囲気が、明るい方向に変わろうとしているように感じています。

農園に行くと、夫は何というか、癒されるような、そんな感覚を味わっていたようです。月曜から土曜までは仕事で、用事のない日曜に行けるときだけの、週末農作業でも楽しんでいるみたいです。もっとも、今はもっぱら私の仕事場になっています。

農園に来る人達の中には、挨拶をしてくれる人や、会話してくれる人もいて、和やかな雰囲気です。この環境に救われたのは、夫より、親元を遠く離れていて、友達も知り合いもいなくて、義理の家族と折り合いがうまくいかなくて、孤独だった私なのかもしれないと思っています。

写真展をみて

息抜きに報道写真展へ行ってきました。写真一枚で訴える力がある素晴らしい作品ばかりでした。

戦場や内戦のように死ぬか生きるかの場面での銃撃シーンではなく、車の影に隠れて悲しむ女性のアップを見ているだけで涙が出て来きました。

写真に映っている女性の心情が自分のことのように感じたのです。

銃を使用する争いの悲惨さを感じて“こんな悲しみを彼女に味会わせてはならない”とか、”こんな争いを二度と起こしてはならない!”と思わせる力を持つ一枚の写真。たった一枚で見る人に考えさせる写真を撮るのが私の理想です。

報道写真だけではなく猫の写真展でも同じことを感じました。写真家・岩合光昭氏の作品でしたが、思わずニヤリとしてしまう、ほのぼのとした作品ばかりでした。

会場に来たおばあさんや若い女性のグループが“かわいい!”と声を上げるほどです。私は恥ずかしいので心の中で同じことを呟きました。

猫の持つ気品と人なつこさが、よくぞここまでというぐらい画面から滲み出ています。幸せな気分にさせる力を一枚の写真がもっているのです。

自分が写真を撮る場合、一枚だけで訴える力を持つためには何が必要なのでしょうか? 撮影対象に対する愛情でしょうか? 理不尽なことに立ち向かう気持ちや社会的感覚なのでしょうか? 人間的な感性も磨かないとだめなのかと思います。

自分が、そのような粘テーマを見付けることが大事なのかもしれません。“私に出来るか?”ではなく、“やるしかない!” と、自分自身に言い聞かせながら写真を撮っています。

漁師料理かなやに行ってきました。

千葉県富津市金谷にある『漁師料理かなや』までドライブに行ってきました。
東京からはアクアラインで90分ほどになります。

立地が海を一望していて、関東有数の夕焼けスポットになっています。

店の外では、足浴のスペースがあります。
こちらの『漁師料理かなや』は、とても人気があり多くのお客さんで賑わっています。
新鮮な魚介類を使ったメニューが豊富で、わたしはわらさの煮つけとお寿司を堪能してきました。

料理はどれも美味しいのですが、特にマグロの煮つけが人気で私が行った時にはすでに売り切れになっていました。
伊勢海老も食べる事が出来ます。

テーブル席や座敷席があるので、小さい子連れのファミリー層も多く見受けられます。
『漁師料理かなや』の隣には、お土産処があります。
アジの干物やお菓子等を購入する事が出来ます。

私は、ここの一番人気であるかじめという昆布を買ってきました。

かじめは、味噌汁やラーメンにちょい足しで入れて食べるのですが、フコダインが豊富な昆布のようでものすごい粘り気です。

かじめは、健康効果が高いことでも知られているようです。がん細胞を攻撃する力を増やしたり食道炎の改善につながるようです。
家族にお土産として渡したところ、皆に喜んでもらう事が出来て良かったです。